人が生きるとは、何よりも自らの死の先を夢見ることである。

千年先の栄華を見つめ、その夢を次の世代に託して、血反吐を吐いて苦しみぬいて今を生き続ける。

そして死ぬ。

ままならないこともある。

苦しく挫折することもある。

どうしても負けてしまうことだってある。

だけど、そして零して繋いで託された夢を、次の子供たちへとつないでいく。

それがヒトのあり方。

死が終わりじゃない。

人の死は夢がついえるとき。

そして人は黄昏を見上げ、託された願いを夜明けに載せて歩いていく。

黄昏を背に、宵の草原を歩き、そして白く開ける地平線の先に、黄昏のオオカミは、繋いだ夢の先を手にする。




黄昏のオオカミ ―The twillight of XenoAtla―


さぁ、ここからが続きです。
















『―――冷却まだ?』

「んん……まだ」

 ヨコハマ湾近辺。山の山頂付近。

 海に面した巨大な送電施設が見下ろせる場所にて、四機の黒いオルフェトが片膝をついて構えていた。

 手元には十メートル超の大型砲台。

 冷却用ファンは常に回りっぱなしで蒸気を噴き上げ、銃身からは景色が歪む程に熱が昇っていた。

 見上げればまだ撃てる状態ではなく―――砲台を抱え構えたままのオルフェトから降りた獣人の少女は焦りに顔を歪めた。

「……どうしよう」

『待つしかない。ここで動いてどうなるものじゃない』

 四番機のオルフェトは三機のオルフェトの背後、両腕にライフルを抱え山道で敵の気配を探りつつ背部に装備したレドームを空に向けていた。

『……皆うまくやる。やるって隊長は言ってた』

「……ユウ隊長」

『まだ?』

「―――後一分」

『皆に伝えるよ』

「了解。私たちもそろそろ乗ろう」

 三人の獣人は眼下に見下ろす夜の戦場の景色に後ろ髪を引かれながらそれぞれオルフェトへと戻る。

 ドォオオオンッ

 爆発と粉塵が海に面した街に広がり、ガラガラと白いドーム状の建物が崩れていく。

 ソレと共にマズルフラッシュが断続的に各所で光を放ち、宵闇の中、クレーター状に広がった戦場の中で味方が散開していく。

 そして立ち上る粉塵に混じって、弾幕と砲撃が巨大な送電施設の壁を崩していく。

『ぐぇ!』

『七番機!後退しろ!六番機!後退しつつ五番機とバディを組め!』

『り、了解……!』

 ドゥンッ

 耳元を掠めるミサイルのバックファイア。

 ガングレドのオルフェトは体を屈めキャタピラで地面を滑るように身体をよじるままに右腕のブレードを振り上げた。
 
 シュッと縦に真っ二つに裂ける小型ミサイル。

 推進機と弾頭が分かれ後ろに爆発することなくミサイルの断片が転がり、オルフェトは機体を屈めるままに紅いエルザへと飛び込んだ。

 グッと掲げる大型のシールド。

 すでに右半分を切り裂いて僅かに紅い装甲が露出し、オルフェトはその肩を突進するままにぶつけ紅いエルザを地面へと押し込んだ。

『鈍い!』

『がぁああ!』

 シュッと小さな音と共に関節にめり込む鋭く、同時に分厚い刃。

 仰向けになる紅いエルザを組み敷くままに、オルフェトはその首元にブレードを突き刺すとそのまま首を刎ねた。

『ユウぅうううう!』

『黙れぇえ!』

 ポンッと宙に舞う頭部センサー。

 ドドドッ

 鈍い着火音と共にミサイルが紅いエルザの脚部から発射される直前、ガングレドのオルフェトは前方に飛び上がった。

『後方機、現在の目標の損傷率を教えろ!』

『現在目標地点予想破壊率七十五%、もう少しです!』

『上等だ、各機異人如きにぬかるなよ!』
 飛び上がるままに宙返りを見せ逆さの体勢の中、迫り出した肩のガトリングレーザーがとっさにかざす分厚いシールドに跳ね返される。

『反応だけは獣の様だ!』

『ハァ……ハァ……ユウ……俺の……大切な友達をぉおお!』

『かつて隊長はお前を憎いと言った!』

 ズゥウンッ

 地面にめり込む脚部。

 足元から噴き上がる土煙を払うように踵を返すと、八連レーザーバレルを回転させ後方に下がりながら更にガングレドはトリガーを引いた。

 闇の中光の筋が連続して立ち上がる紅いエルザの両脚部を貫き、赤熱した弾痕が爆発に変わる。

『そんなお前を刈り取るのが私の役目だ』

『がぁあああ!貴様ぁああああ!』

『託された夢がある。この道にわれわれの未来がある。子供たちの幸せがある、隊長の笑顔がある!』

『ユウぅううう!』

『誰も、誰も邪魔はさせない!』

 八連レーザーバレルから噴き上がる煙。

 そして紅いエルザはゆっくりと前のめりに倒れていく中、ガングレドは肩部装備を外し紅いエルザに背中を向けた。

 グッと地面の砂を掴みにじり寄る紅いエルザ。

 粘りつくような憎悪にゾクリと体毛が逆立ち、ガングレドは剣の巻に顔をしかめながらモニター越しに紅いエルザを睨む。

『……隊長は、我々のものだ』

『返せ……返せぇええええ!』

『人は我々を嫌悪した。故に我々の敵である―――貴様らが獣人に行った事、隊長に与えた苦しみ、決して忘れん。
 貴様は人で我々は獣人だ!』

『ユウ……ユウぅううううううう!』

『殺しはしない―――隊長が悲しむからな』

 腰の装甲が開き迫り出す小型の拳銃。

 通信越しに吠える男の嘆きを横目にオルフェトは拳銃を左手に右手に内蔵ブレードを取り出すと、キャタピラで送電施設へと足を運ぼうとする。

 土煙を上げ、走り出そうとする―――



 ―――掠める機関砲の発射音。



 ブシュッ

 尖った耳に聞こえてくる肉のちぎれる音。

 コックピットの右壁が大きく抉れては、ガングレドは痛みに身体をよじるままに、左腕でオルフェトを操作する。

 抉れた装甲から覗かせる狭いコックピット。

 腹上部装甲が背後から迫る弾丸に飛び、オルフェトは右腕を垂らしながら慌ててターンをして左腕の拳銃で応戦する。

『ぐぅううう……!』

 ジクジクと痛みが頭に走り、既に右腕の感覚は全くなかった。

 右腕が吹き飛んだのを感じる―――

『殺す……お前殺してユウを取り返すんだぁああああ!』

 霞む視界でモニターを確認すれば、そこには這いつくばりながら右腕の内臓機関砲をこちらに向ける紅いエルザがあった。

 紅く滲んだアイサイトがこちらを見上げ、無秩序に弾丸を飛ばしてくる。

 嗤っている―――

『戯言を……』

 血が抜けてきて、頭の熱っぽさと共に息が荒くなり、フラフラと身体を操作しながらトリガーを引き絞る。

 ソレと共に拳銃の弾丸が二発、紅いエルザの頭と背部を撃ち貫き、交差するように紅いエルザが機関砲を飛ばす。

 ドドドドッ

 眼前で鈍く響く弾丸の音。

 やがて黒い装甲の一部が破れ、重たい衝撃が腹にあたると共に突き刺さるような痛みが身体を走った。

『かぁ……』

『返せ……返せぇえええ!』

 モニターと壁に飛び散る血飛沫。

 内臓から血が上り、背中まで刳り貫く分厚い装甲の破片に顔を歪めながら、ガングレドは目を血走らせモニターを覗く。

 そこには頭部と背部から炎を上げる紅いエルザ。

 特殊発火弾――金属の摩擦により高熱と発火現象を起こす弾丸が紅いエルザを一機に燃やし、やがて大きな爆発が起きる。

 そして紅いエルザから零れた激しい憎悪と邪気が途切れる。

『……これで、隊長は……』

 口の端に血を滲ませ、安堵に零れる笑み。

 痛みはすでになく抉れた腹から溢れた血が身体を濡らす中、左腕のみでガングレドはオルフェトを操作して鮮血のこびりつくヘッドマウントモニターに目を細める。

 土煙を上げるキャタピラ。

 抉れた装甲の隙間から火花を散らしながら、ダラリと右腕を垂らしつつオルフェトは巨大なドーム状の施設へと走る。

 ドロドロと血があふれては剥がれた装甲の隙間から紅い尾を引いて、黒い鎧を濡らす。

 土煙を上げる音が尖った耳から遠のいていく。

 目がかすみ、やがて暗闇が視界の端から広がり始める。

 もう、持たないだろう―――

『――こんなものか。死とは……』

『ガングレドさん!』

『なんでもない! 攻撃を続けろ!』

『は、はい……!』

『譲れない……まだ私には、託された夢がある。あの人に……あの人の為に』


 ―――ニィと零れる笑み。


『だから……!』

 ドーム状の白い壁がやがて眼前に見え、オルフェトは壁にもたれかかるように火花を散らし走行する。

 ソレと共に弾幕が降り注いで粉塵舞う外壁の抉れた部分が見えてきて、オルフェトは前かがみに粉塵の中へと機体を潜り込ませた。

 そして施設内へと入っていく――

『ふ、副長!?』

『各機へ!私が内部から施設を破壊する、完全に、確実に!』

『だ、だけど!』

『ゴルドチーム、私が施設中枢に付いたら信号を出す、その反応を撃て!』

 機体を前かがみに走らせながら、ダラリと垂れた右腕が地面に擦れ、やがて肩関節から折れて外れる。
紅く赤灯の並ぶ天井へと消えていく右腕。

 ソレと共に弾丸の雨から通路を塞ぐように前方から降り注ぎ、通路の脇から警備ロボットが近づいてくるのが見える。
 
 そして、それも視界が黒く霞むと共に消えていく。

(隊長……申し訳ありません……本当に……)

 それでも、耳と鼻越しに感じる敵の激しい敵意と弾丸の飛んでくる距離と速度。

 滑らかな黒い装甲で弾丸を弾くようにして、機体を動かしながら、オルフェトは走るままに施設奥へと走っていく。

(私が死ねばあなたは悲しむでしょう……あなたが泣く所が眼に見えるようです)

 困ったように、黒き狼は口の端を歪めうっすらと笑みを滲ませ、そして目を静かに閉じた。

 なにも映さなくなった瞳の奥、景色が見えた。


 ―――ガングレド、大丈夫か?


 暗闇の中、自分を呼ぶ声がした。

(……隊長……隊長)

 手を引く銀色の狼が見える。

 夜風に揺れる長い尻尾。

 草原に立ち、星空の下、地平線から昇る夜明けを見つめる、気高く雄々しい紅い瞳のオオカミが見える。

 優しく微笑んでいる――


 ―――ガングレド、行こうっ。お前と一緒にこの戦いを終わらせるっ。


(……はい、一緒に……どこまでも)

 僅かに動く左腕で機体を動かしながら、やがて通路がすぼまっていくのを感じる。

 ガンガンと装甲が壁にぶつかり、やがて目の前の通路がすぼまると共に周囲が開けるのを感じる。

 周りには重たい重低音と共に僅かにイオン臭が漂う。

 そして感じる激しい電気の感触。

 血に汚れた黒い体毛がびりびりと逆立つ。

 ここが―――

(……隊長……私はあなたが好きです……大好きです)


 ―――俺もだよガングレド。


(……よかった……本当に……ほんとうに)

 ―――そして、最後のボタンをガングレドは押す。

 ピッと短い音。

 カウントダウンがモニターに走り、オルフェトがその場で立ち止まり崩れ落ちれば背後から飛んでくる弾を受けその場に蹲る。

 弾幕は背中に重たい衝撃を与え、鈍い痛みと共に下半身が千切れたのを感じさせた。

 やがて心臓すらも止まるだろう。

 それでも、仲間の為にそして―――

『―――夢の為に……』

 操作マニューバから離し、ゆっくりとヘッドマウントディスプレイを外し、黒き狼は天井を見上げる。

 暗く狭い天井の向こう、瞼の裏に銀の狼の微笑みを浮かべる。

 そして優しく手を差し伸べる―――

(隊長……私は……あなたを愛しています)

 そして黒き狼はつられて不器用な笑みを見せた。

(だから……)


 ―――カウントダウンが終了する。


(生きて―――)




 ドームの施設天井を貫く程に大きな爆発が起きる。

 宵闇を引き裂くほどの大きな爆発に、山頂付近に待機していた三機のオルフェトは巨大な砲台を向ける。

『今の通信……』

『そんな……そんな!』

『……』

『……ピーター……副長……死んじゃったの?』

『撃て!』

『でもぉ!』

『戦いを長引かせて皆を殺したいのか、早く終わらせないと皆死ぬんだよ撃てぇ!』

『……くそぉおお、ピーター!』

『各員へ!重粒子高エネルギー砲を発射する、全機後退、繰り返す全機後退しろぉおおお!』

『撃つぞ!』

『撃てぇ!』

 トリガーに指を掛ける―――

『―――ゴルドチーム、撃ちます……!』

 闇を引き裂き迸る光の奔流。

 周囲の木々を吹き飛ばし、土を抉るままに砲塔から噴き上がる三つの高エネルギー砲は一つに集まってドーム施設へと迫る。

 ―――真っ二つに引き裂くままに貫く鋭い光の柱。

 反対側へと細い射線が通るままに、土煙がキノコ雲を作り、大きな爆発が海を波立たせ噴き上がった。

 衝撃が周囲のエルザを飲み込み、後退しながらシールドを張るオルフェト部隊へと迫る。

 そして巨大な爆発の中へとドーム状の施設が完全に崩壊し、消滅する。

 ガングレドの機体と共に―――

『エネルギー……尽きます』

 細くなっていく火線。

 溶け切った砲台から身体を離し、四機の黒いオルフェトは踵を返すままに暗い山を下りていく。

『……』

『戻るぞ……泣くのは終わってからだ』

『うん……うん……』

『僕らが……僕らがちゃんとしていれば……』

『―――隊長がちゃんとしてくれる……隊長が……隊長が……!』

『隊長……お兄ちゃん……お兄ちゃん……!』

 すすり泣く声が闇の中に響いた。





 翌日、正式な通達として、旗艦アストライアに乗る全獣人に伝えられた。



 ガングレドが亡くなったと―――