そこは更に深い暗闇。
入り組んだ道は蛇の如く、縦横無尽にメグロの地下を走り、立体状に入り組んだ暗闇は正に迷路だった
東京地下メトロエリア。
地下一キロに及ぶまでに広がった地下鉄道へと、紅き瞳のオルフェトは降り立つ。
―――暗闇に迸る激しい閃光。
刹那、天井から地下道へと土煙を晴らし、いくつも弾丸が小さな雨をとなって、地下鉄道を走った。
クワッと見開く紅い瞳。
身じろぎひとつで弾丸をよけるままに、四機のオルフェトは背後から飛んでくる硝煙の匂いに身体を屈め、細長く入り組む鉄道の向こう、暗闇の中銃撃を行うエルザを捉える。
数は四機。
圧倒できる―――
『突っ込む―――ユン、アリシア。頼むぞ』
『了解、エンゲージ』
―――左腕から迫り出す鋭いブレード。
弾丸に目を細めながら、紅き瞳のオルフェトは脚部の補助スラスターに火を灯し、ゆっくりと身体を屈める。
飛び出さんと、黒い装甲を震わせる――
『ミナト、俺のケツを持て、行くぞッ』
『張りきって行きましょうか隊長!』
十年前。
この世界の片隅で異常な出来事が起きた。
ある日。突然、何の前触れも前兆も、科学的予見も起こる余地もなく。
人が、水風船のように膨らみ、そして弾けた。
街の真ん中で鮮血が人々に降りかかり、程なくして甲高い悲鳴と共に騒動が東京の街の片隅で起きた。
血溜まりが交差点に広がった。
ただそれは、一時的な猟奇的な殺人事件だと思われた。
皆、半年という長い時の中で、忘れかけていた。
だけど、半年後、同じことが起きた。
渋谷のど真ん中。
人が大勢行き交う、街の中心で三十の人間が場所を違えて破裂すると言う事が起きた。
ただこれはここで終わらなかった。
その後、その人達が、人の姿をやめ、異形の化け物へと姿を変えた。
それが、最初の『異人』だった。
壮絶なものだ――もげた首の断面から無数の触手がイソギンチャクのように伸び、肩からは動物の頭が迫り出していた。股の間からは大量の毛が生えて、イカのようだった。
背中には翼が生え、胸からは同じ動物の顔が出ていた。
まさに―――化け物だった。
その人間はすぐさまに捕らえられ、解剖され―――程なくして、解剖をする余裕がなくなった。
当然だ。
全世界で同じようなことが起きたのだから。
街中で同じように、化け物へと変化する人間が増えてきて、普通の人間を殺していく事が起きた。
街が血の海に沈んだ。
子ども、老人、男女関係なく、無差別に、平等に全ての人間がそうなる可能性を、神は与えた。
そんな状況を誰も取り締まらなかった。
政府には既に化け物どもが跋扈していた。
ありえなかった。
そんなあり得ない事が科学的に何の前兆もなく起きるわけがない。
だけど、そんなあり得ない事が何一つ手掛かりが見つかることなく、その変異現象は世界でワクチンの無いイ
ンフルエンザの様に増えていった。
結果、九十億人いた人類は、八十億人が『化け物』に、残りが人間に振り分けられた。
2056年、二月十四日。
神が与えたもう選別の時――その日、人は生きるべき命と、死すべき命に選別された。
皆、死んでいった。
残ったのは、普通の肌をした『人間』と獣のような頭と毛むくじゃらな肌をした、理性を残した『獣人』の二種類。
今は、その十億人のうち、残った二種類の人間が、互いに戦い、或いは狩りをしているだけだった。
獣と人が戦い、或いは異人と戦う日々。
文明はすでに退廃し、残ったのはいくつもの兵器と人だけ。
そして―――異人と魔法。
荒廃した世界が、この夕焼け空の下に広がっていた。
この世界は、もうすぐ終わろうとしていた。
前書いた奴を細々と出していきます。
十年。
戦い続けて、途方もない時間が過ぎた。
いつ終わるともわからない小競り合いの連続。
暗闇の廃虚群に浮かぶフラッシュの弾幕。
無数の死体の影。
戦いは続く。
仲間は疲弊の色こそ見せないものの、刻苦は時の流れと共に確実に空気に滑り込み、体を蝕んでいった。
時が過ぎれすぎるほどに、仲間は減っていく。
狙撃されるもの。
流れ弾に当たるもの。
失血死。
そして、自殺。
仲間は少しずつ減っていった。ソレと共に、道も遠のいていった。
誰かがやらなければならなかった。
道を開く者が必要だった。この道を、たった一人で歩く人間が必要だった。
―――行こう。
この道の先に未来があると言うのなら、この先に行き戦いを終わらせられるのなら。
一歩を踏み出せば、砂塵が舞い上がり夕焼けを霞ませる。
空はどんよりとしてやがて街が黄昏に沈む時に差しかかる。
そこは東京。
かつて俺達が平和に過ごした街、地下には迷路の如き線路と通路が走り、地上には巨大なビルがいつくも立ち並ぶ。
今は、それらが全て遮蔽物。
都庁ビルを中心に建物は巨大な壁になり、地下は敵の行く手を遮る。
そこは東京。
巨大な戦場となった、廃墟。今は亡き日本の中心。
黄昏の夕闇に、広大な戦場が沈んでいく。
もうすぐあちこちでサーチライトに夜の空が照らされて、廃虚の街は夜の戦いへと色を変えていくだろう。
沈む夕闇を身体に縫い、俺達は再び地面を蹴り上げる。
銃を片手に、防弾スーツを身につけ、通信デバイスを口元に添え、塵と灰の空気を吸い巨大な装甲に身を包む。
六メートル強のパワードスーツ。
徹甲弾を装備したガトリングを担ぎ、脚部には対地中用パルスバスターを装備。肩には予備弾薬を担ぎ、モニターの向こうに戦場を捉える。
皆、一斉に操作レバーを握りしめる――
『……美沙……』
モニターの向こうで、夕日が沈む。
いよいよ、東京が夜に沈んでいく。
暗闇に染まった夜闇を無数のスポットライトが照らし、至る所で暗闇がかき消される。
不意に、夜風に硝煙が混ざり、突き出た鼻につく。
程なく遠くで対装甲ライフルの射撃音が尖った耳に響き、小さく息を吸い込み、脚のレバーを踏みこむ。
『―――隊長、先発隊が敵とぶつかりました』
強化パワードスーツが動き、それだけで地面が揺れる。
戦いの始まりだ。
明日に繋がるかもしれない、それともこれで終わりかもしれない。
第二次強襲作戦。
朝が始まるまでに、決着を付けよう―――
「ガングレド、皆の命を預ける」
『はい、隊長』
「行こう―――メグロ送電施設、今日こそ落とす」
夜の闇の中、俺達は駆ける。
これで終わることを信じ、明日へ命を繋げられることを信じ、地面を踏みこみ、強く歩いていく。
そして、目指すは東京都庁。
巨大なビルの奥へ。
深い闇の奥へ―――――
テスト、これより後ほぼすべて小説のみ投稿します。